前回の続きで、パーマネントトラベラーに関する判例を見ていきます。
内国法人2社のほか、シンガポールなどの海外法人4社の社長をしていた方が「居住者」に該当するかどうかが争われた事例(東京地裁 2019/5/30)です。
<基本条件>
・代表者Aさんは日本のX社、Y社、シンガポール、アメリカ、インドネシア、中国で社長をしていた。
・家は日本に持ち家、アメリカにコンドミニアム、シンガポールに賃貸住宅があった。
・4年間の平均滞在日数は日本102日、アメリカ91日、シンガポール75日、インドネシア32日、中国43日、その他22日。
<納税者の主張>
・生活の本拠たる住所は、ハブ空港があることから各国を行き来する拠点となっていたシンガポールである。
・よって日本の居住者でないことから、海外での所得は日本で申告する必要がない。
<税務署の主張>
・Aさんにとって日本は、自宅があり、住民票があり、滞在日数が一番多く、家族がいて、資産も一番多く、病院にも通院する国であって生活の本拠たる住所がある場所である。
・海外法人の業務も日本からコントロールしていたのではないか。
・よって日本の居住者であり、日本で全世界の所得に対する所得税課税が行われる。
<裁判所の判断>
・「住所」とは「生活の本拠、すなわちその者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているかどうかにより判断する。
・判断は、①滞在日数及び住居、②職業、③生計を一にする配偶者その他の親族の居所、④資産の所在、⑤その他の事情を総合的に考慮して行うべきである。
① 滞在日数及び住居
・日本とシンガポールの滞在日数に大きな差はなく、ハブ空港があり、利便性の高いシンガポールを拠点に世界中へ渡航していた。
② 職業
・各海外法人に係る経営判断は,専ら代表者Aが行っており、現地に赴き自ら行わなければならないものも多数含まれていた。
・各海外法人のために行っていた業務は、月1回の経営会議や年2~3回程度の株主総会及び取締役会に出席等する程度のものであった。
・年間の66~75%程度の期間は、海外に滞在して業務を行っており、年間の約4割の日数をシンガポール又は同国を起点として渡航したインドネシアや中国等に滞在していた。
③ 生計を一にする配偶者その他の親族の居所
・代表者Aと生計を一にする妻や子が日本に居住しているのは、妻らの生活の便宜や子らの教育上の配慮によるものである(帰国時に休暇も兼ねて妻らと会うという方法を選択したものといえる)。
④ 資産の所在
・代表者Aが所有する資産の多くは日本にあるが、シンガポールにも1700万円以上の預貯金があり、当面生活できるだけの資産を有していた。
・日本の預貯金等の資産をシンガポールに移転していないことは、家族を残して海外に赴任する者の行動として不自然とはいえない。
⑤ その他の事情
・日本に住民票は残っているのは単なる手続き上のミスで、必ずしも生活の実態を反映するわけではないし、日本に住民票がある方が手続き上は便利であるため、不自然ではない。
・日本国内の病院におおむね毎月通院しているが、医療水準や保険制度の整備状況等を考慮し、一時帰国時に日本の病院に通院等することは不自然でない。
上記のことから判断して、生活の本拠はシンガポールであり、日本では非居住者に該当する。
<ポイント>
・日本の滞在日数が3割弱で、ハブであるシンガポールを経由した国の滞在日数が4割と最も多い。
・各海外法人で代表者であり、実際に各国に行って仕事をしていたことも重要。
今回の判決は、生活実態というより日数に重きを置いていることから、今後の高裁での判断が注目されます。